Designated Producers

2019年度神戸肉枝肉共励会・名誉賞
みらいファーム株式会社:牧英人さん・井寄牧場:井寄孝良さん、智之さん

みらいファーム株式会社・牧英人さん(中)と、
井寄牧場・井寄孝良さん(左)、智之さん(右)。

出品農家と提携農家の見事なタッグ

栄えある令和元年の名誉賞を受賞したのは、みらいファーム株式会社。ところが、受賞式で表彰旗を受けとったのは、井寄牧場の代表取締役である井寄孝良さん。というのも、みらいファーム株式会社は多くの牛を飼養するために、全国の選りすぐり農家と提携しており、その1軒が井寄牧場というわけです。
良い肉だと自信はあったものの、名誉賞の受賞で突然表彰旗を手にすることとなり「本来はみらいファームさんが受け取るものですわ」と式の当日、当惑したという孝良さん。一方のみらいファーム株式会社の常務取締役である牧英人さんは「いや、この受賞は井寄牧場さんの手柄。この牧場の魅力をしっかり書いてくださいね」と、取材で念押し…。どちらも相手に敬意をはらっている様子が印象的です。
もともと牧さんと孝良さんはいわばライバルとして、せり場でよく隣に並ぶ間柄。肉にかける想いに通ずるものがあり、結構、会話を交わしていたそうです。「井寄さんはええ肉、出してるなぁといつも感心していました」という牧さん。
5年前、姫路市の牧場に加えて丹波にも牧場を増築するにあたり、資金繰りで悩んでいると孝良さんから聞き、「では、みらいファームから牛を預けます」と委託肥育を提案。そこからの付き合いが実を結び、今回の受賞となりました。
それにしても、新しい牧場に多くの牛を任せるという決断に、迷いはなかったのでしょうか?牧さんの回答は「今まで井寄さんが育てた良質の枝肉をさんざん見てきたし、何より、長男の智之さんが中心になってやるというのを聞いて、安心でした。今は300頭預けていますが、本当はもっと預けたいくらいです」。そう、この智之さんが井寄牧場丹波農場のキーパーソンなのです。

井寄牧場の強さは「お抱え獣医」

孝良さんの長男・智之さんは、北海道の酪農学園大学で獣医の資格を習得。北海道が好きで、北海道での共済を選択し、お産が多く病気も多い乳牛の獣医として経験を積んでいました。
しばらく北海道に留まるつもりだったものの、父が体調を崩したことをきっかけに戻ることを決意。新しい牧場では、場長は他の人に任せ、智之さんは名刺の肩書きも“獣医”となっています。
「スタッフは僕以外4名、皆20代。若い子は吸収が早く、やる気に満ちあふれているから少人数でも回るんです。仕事時間は朝7時から夕方5時と決めて、その中で計2時間の休憩も取ります。休みは週2日。それくらい配慮しなければ、この仕事をすすんでやろうという若者はなかなかいませんよ」と語る智之さん。
例えば、勤務時間の短縮化のために飼料の世話を機械化。リフトに乗ってエサやりができるような構造の牛舎にしたため、3人で1時間半あれば、850頭の牛にエサやりが完了します。父親の孝良さんは働き手ファーストの牧場作りに文句なく、賛同してくれたと言います。
智之さんが「皆が気持ちよく働いてくれているので…獣医の仕事はラクなんですよ」と冗談めかして言えば、牧さんは「獣医が居るということが、安心なんです。風邪にも早く気付いてやれる環境が良い。大事に至らずに済むのですから」とズバリ。早期発見・早期治療=牧場を守る。実は開業直後は病気になる牛も多く、牧場は不安定でした。その時のデータをもとに、智之さんは牛の健康状態を診て回ることに専念しているのです。

最先端の牧場の、未来に向けた取り組み

エサやりの機械化以外にも智之さんのアイデアが盛り込まれ、「最先端の牧場」と牧さんは絶賛します。牛舎の屋根に張り巡らされたソーラーパネルで発電した電気は売電し、資金に回しています。さらに場内には、オートメーション化された袋詰め作業場と、牛糞堆肥と書かれた袋が。「あちらで毎日、堆肥を作っています」と智之さんが指さした屋根つきの広いスペースでは、山のように積まれた牛糞を、大きなドリルがゆっくり撹拌していました。
実は牧場で悩ましいのが、牛糞の処理です。昔は近隣の田畑で肥料にしてもらいましたが、農業が衰退している今、牛糞の行き場がないという現状。井寄牧場では、敷地内に牛糞堆肥の製造会社を併設し、この設備のおかげで、床のオガを頻繁に入れ替えることができているのです。清潔な寝床で牛の健康が保たれ、健康な牛の糞で元気な植物が育ち、その一部がまた牛の飼料に、という地域循環型農業を目指しています。
その流れもあって、井寄牧場では食品残渣を利用した飼料「エコフィード」を採用、ビールやウイスキーの製造工程で出る粕ものを与えています。エコフィードは発酵し続ける飼料で、食べ残しがすぐいたむため、エサの管理も重要な仕事となります。月に1〜2度、牛を見に来る牧さんは「よほど美味しいのでしょう。ここに預けた牛は、あっという間にまるまると太るんです」と言います。
「今回受賞した牛も、最初は小さかったなぁ」と振り返り、「私らは経験値で牛を育てるけれど、息子はデータや資料、いろんなものを採用して牛を育てる頭脳派やからなぁ」とさりげなく息子を褒める孝良さん。少し照れた様子の智之さんは「正直、最初の頃はデータのフィードバックだけではうまくいかなくて。やはり父の経験値も大事だと実感しました」としみじみ。

智之さんの奥様も獣医で、繁殖のプロ。現在は肥育の勉強をしつつ、いずれは繁殖の知識を牧場で活かそうとしています。そして智之さんの弟は現在、兄と同じ大学を卒業後、他社で修行中。戻ってきた時には、新しく牛舎を増やし繁殖に力を入れようと、井寄牧場の未来予想図はしっかりと描かれています。
親子でお互いの良さを理解しあい、姫路と丹波で切磋琢磨しつつ、いい牛を生み出している井寄牧場。今後も、みらいファームとより良い関係が継続されていくのは間違いなさそう。ますます美味しい神戸牛が誕生することに期待がふくらみます。