- 1│ コスモポリタンな みなとまち神戸で
- 1868年に国際港として海外に門戸を開いた神戸。多くの外国人が移り住んだコスモポリタンなこの街は、日本の伝統と外国文化が出会う交差点でした。食肉文化の定着していなかった当時、初めて神戸で但馬牛を食べたのは、ひとりのイギリス人だったと言われています。
農夫たちの作業用に使われていた但馬牛を譲り受けて食べたその味。それはまさに天からの贈り物のように思えたに違いありません。
その後、神戸に入港する外国船からも牛の納入を求められるようになりいつしか「神戸ビーフ」と呼ばれるようになったそうです。
- 2│ 時の権力者も好んだ味
- 神戸港開港と同じ年に、かの伊藤博文が兵庫県初代知事に就任。英国留学帰りの国際派として鳴らした伊藤は、神戸の外国人居留地の整備に力を注いだ人物としても知られています。そんな彼が、神戸ビーフを好んで食べていたという逸話が残っています。
明治期の神戸の風景。
海から見える旧居留地には多くの洋館が並ぶ。
(神戸市立博物館蔵)
「コーベクラブ」と呼ばれる社交場に、
多くの外国人が集った。
(神戸市立博物館蔵)